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2008年04月15日
[ 旅行 ]
いつか帰るところ
タイトルはFF9のサントラより。今回の旅は、基本的に(iPodの充電用USBケーブルを忘れたせいで)音楽のない旅だったんだけど、気分としてはFF9の曲が合うと思っている。というのは、撮った写真やムービーを整理していて、頭のなかでフィールドの「あの丘を越えて」が流れる。このへんは、分かる人だけ分かってくれれば、いいです。
閑話休題。
さて、いつか帰るのが旅、と誰かが言ったとか言わないとか。なんだかんだと、毎日欠かさずリアルタイムに日記を残してきましたが、明日夜の飛行機で帰ります。初日こそナーバスだったものの、振り返ってみればあっという間。こまごま反芻するのは、帰国後の楽しみにとっておきたいので、ここではしません。
今回は、昔住んでいたはずのところに16年ぶりに行ってみる、という目的で、とりあえず仕事を辞め、とりあえず現地での11日間を確保し、とりあえず一人で来てみた、というのがいきさつです。そして今また、再び荷物をまとめながら、自分が帰るのは横浜なのか、シドニーなのか、成田を発つときとはまた違った意味で複雑な気分になっています。
出発前のエントリーで、シドニーは異郷なのか故郷なのか、というようなことを書いたわけですが、これについては、異郷だったと答えられます。右を見ても左を見ても知らない人だし、異国語や異文化に翻弄されまくったし、そういう中でアイデンティティの危機(大げさ!)にも出会った。自分のホームはやっぱり日本なんだ、と思いました。
それでも、シドニーでの生活のなかで、忘れていたものがいっぱい出てきた。一つ一つはささいなものだったりもするけれど、匂い、味、名前、看板、道路標識、パッケージ、とかなんとか。そして、なにをおいても地元Turramurraの風景。
オーストラリアには、白人が来る前のアボリジニの時代についてdream timeという言葉があるけれど、自分にとってのシドニー生活の記憶というのもまさにそれ、です。全くアウェイの土地を歩いているようでいて、確かに自分が住んでいたらしい証拠もあって、というのは、現実と夢の境界に立っているような、不思議な感覚でした。
これって16年経った今じゃないとできない旅だったし、たぶん、一人じゃないと経験できないことだった。シドニーは自分にとって、故郷ではないかもしれないけど、いつか帰るはずのところだったんだと、思う。それでいて、今回に限らず、なんというか、これからも節々のタイミングで帰ってこなきゃいけないところのような気がしている。
言葉がもうちょっと分かるようになったら、住むのも悪くない?かなぁ。
なんていうことを、漠然と思った、というのを、覚え書きしておきます。