ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016
今年も行ってきました、国内最大規模のクラシック音楽フェス。テーマは「自然(la nature)」ということでしたが、去年に比べて古楽関連のコンサートが少なく、個人的にはちょっと寂しい感じに。でもまあ、どうしても聴きたかった2公演だけ事前の先行抽選で押さえることができたので、1日目のみ参加してきました。なんにせよ今日明日を含め、会期中は絶好のフェス向けの陽気のようで良かったですね。
夕方ごろからのんびり出かけると、地上広場は既にすごい熱気。キオスクコンサートに渋さ知らズが登場していたらしく、フルでは聴けなかったけど、演出も込みでとても良かった。お行儀のよいクラシック音楽とこういうダンスと祝祭の音楽は共に地続きなのだということを体現しているようでした。
地下の展示ホールもまあまあの人出。ここはチケットかその半券があれば入れるエリアなのだけど、このように見下ろせる通路は解放されていて、中の音もPAと通路のスピーカーを介して一応聴くことができます(多少の遅延がある)。
庄司紗矢香、ポーランド室内管弦楽団
ヴィヴァルディ/リヒター:「四季」のリコンポーズ
さて、目当ての有料公演です。これは『四季』として有名なヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲を、現代音楽の作曲家マックス・リヒターがRecomposed(再作曲)した作品で、正式には本公演が日本初演なのだそう。作品自体は2012年にアルバムとして発表されています。
そもそもドイツ・グラモフォンのRecomposedシリーズは、08年に出て話題になったカール・クレイグとモーリッツ・フォン・オズワルドがベルリン・フィルの音源をRecomposedした作品に端を発する企画で、続く第2弾ではハーバートがマーラーの交響曲をというふうに、思想的には明らかにエレクトロニック・ミュージックにおける「リミックス」の概念をそのままクラシック音楽に持ち込んだものなんですね。『四季』はその第3弾。
なので、再作曲なんて銘打ってはいるけれど、リミックス文化に親しんでいるクラブ畑の人にはこの企画の持つ意図や意味が分かりやすいと思います。ゆえに編曲やアレンジ(オリジナルのメロディーや展開には手を付けずに、楽器や編成を変えること)ではなく、リコンポーズ。
で、本作でマックス・リヒターはどのようにしたかというと、各楽章の一部のフレーズだけをピックアップして、ミニマルミュージックにしてしまったのです。良く知られている印象的なメロディはほとんどそのままに、繰り返すことによって別の新しいフレーズを浮き上がらせたり、あるいは主題の末尾の2分の1拍だけをカットして変拍子の前のめりなドライブ感を持たせたり。
スタジオ音源や自作自演のライブでは、エレクトロニクス(プリレコーデッドな音源とのミックスやMiniMoogの演奏)も取り入れていますが、イントロにあたる"Spring 0"を除けば、この作品はアコースティックなオーケストラでも演奏可能です。編成としては、ヴァイオリン・ソロを含む弦楽オーケストラにチェンバロとハープ。つまり、ヴィヴァルディの時代の古楽器(オリジナル楽器)でも演奏できるように作られているのが面白いところです。
庄司紗矢香さんのヴァイオリンは、安定感がありながらも、ところどころオケの熱量に負けない掛け合いが素晴らしく、引き込まれました。実はナントの本家LFJでの公演の動画がYouTubeに全編上がっており(イリーガルかもしれないのでリンクは貼りませんが興味のある方はぜひ検索してみてください)事前に観ていたのですが、それよりも良かったかも。
全体が見渡せるコンサートだと、オーケストラで多層的に反復されるミニマルなフレーズが、弓の動きとして視覚的にも感じられて新鮮でした。ここでのミニマルって、いわゆる20世紀の現代音楽的な小難しいものではなくて、誤解を恐れずに言えば、映画音楽的なんですよね。マックス・リヒターが数多く映画音楽を手掛けていることももちろんあると思いますが、短い時間でキャッチーなフレーズが反復するなかで劇的に展開して終わる感じは、いかにも物語的というか。なので、親しみが持てるし、よく知らない人にとってもきっと入っていきやすい作品です。
無論、それに対してオリジナルの『四季』が古臭いかというとまったくそういうことはなくて、むしろヴィヴァルディの作風はそのままでも今の若い音楽ファンをロックする熱さがあると思うし(これは古楽全体に対しても言えること)、これはこれで完全な作品なのです。そのうえで、こういう試みは好きだし、クラシック音楽の愛好家にも支持されているというのは良いことだなあと思います。生で聴けて嬉しかった。
夕飯は、新橋まで足をのばして、以前izさんと行った「台湾麺線」さんで魯肉飯セットとライチフレーバーのビール。美味しかった…やはりこのお店は間違いない。どの駅からも微妙に距離があるのが難点だけど、このために多少は歩いていく価値は全然ある。
有料公演の合間に、地下展示ホールで鈴木優人さん指揮の麻布学園OBオケによるストラヴィンスキー『火の鳥』を鑑賞。指揮台に着くなりジャケットを脱ぎ捨ててTシャツ姿になる優人さん、オーケストラの迫力ある演奏も熱くてカッコ良かったです。いつかぜひフルで聴いてみたい。
ピエール・アンタイ(チェンバロ)
ラモー、クープランのクラヴサン曲集
この日ラストは大好きなピエール・アンタイさんによるチェンバロ独奏。09、10年のLFJで聴いて以来でしたが、相変わらず素晴らしかった。氏の演奏はル・コンセール・フランセで指揮を執るときもそうだけど、すごく独特のリズムがある。速くて踊るような演奏、でもイーブンのテンポではなくて、複雑でいびつな波が同時に体の中から指先へと伝わっていくような感じ。装飾音の自然さ、もしかしたら400年前のラモーやクープランもこんな風に弾いていたのかもと思える。
特に好きなラモーの『鳥のさえずり (Le Rappel des oiseaux)』や『つむじ風 (Les tourbillons)』が聴けて感動した。ほんとこのあたりのクラヴサン曲ってひとつひとつはちょっとした小品なんだけど、舞曲の形式と詩的なタイトルに基づくドラマが組み合わさって、どれも個性がある。そしてチェンバロの音色ってほかのどの楽器にも代えがたい。
この公演は開始時間が押してしまっていたので、アンコールはないかもと思いきや、最後にゴルトベルク変奏曲のアリアを弾いてくださって、とても良い気分で夜の会場を後にしました。今年もLFJに行けて良かった。