「石田尚志 渦まく光」@横浜美術館
フミアキさんのお誘いで、横浜美術館で5月31日まで開催されている企画展「石田尚志 渦まく光」を観に行ってきました。すごくおもしろかった。
石田尚志(たかし)氏は72年生まれ、主に抽象絵画と動画作品の分野で活動されているアーティストで、今回が初めての大規模な個展になるそうです。その作品の制作手法というのが独特で、紙にさまざまに複雑な渦のような曲線や、あるいは遠近法を混乱させるような緻密な矩形を描いてはフィルムカメラでコマ撮りし、膨大な手間と時間をかけてアニメーション作品にするというもの。2Dのストップモーション・アニメ、いわば「動く抽象画」なのです。
最近だと、よくCGの制作過程なんかで筆跡が早回しでアニメーション化されたりしますが、あのような単純なものでは全然なくて、絵も撮影も完全にアナログ。しかも、筆跡のトレースではないので、画面内で同時多発的に線が生まれたり、消えたり(修正液で消している)、劇的にいろいろなことが起こる。
線の動きかたは、こう、何とも言えず官能的で、植物の蔓のようでもあるし、生物を超越したもっと無機的な何かのようにも見えます。更に作者の視点と連動してカメラが動いたり、作者の影や窓から差し込む日光が映り込んだり、複雑な条件が絡み合って、短く編集された数分の動画作品のなかから、莫大な情報量が読み取れます。
こういうときにYouTubeの動画などを貼れればいいんだけど、氏の作品はいま現在まったくと言っていいほど上がっていなくて、そもそもDVDなどソフト化されている作品もごくわずかのようなのです。インスタレーションを伴う物理空間を使った大規模作品はともかくとして、尺の短い動画作品などは、YouTubeやVimeoやニコニコ動画などのようなメディアとも相性がいいんじゃないかと個人的には思うんだけど、そこはそれ作家の意向もあるのだろうし、難しいところです。
でもまあ、今回のような企画展において、ただ結果としての映像だけではなくて、制作過程を推測できるような絵画作品が同時に展示されているというのは、大いに意味があることだと思います。特に衝撃的なのが、2001年に制作された「フーガの技法」という作品。これは、その名の通りJ.S.バッハの『フーガの技法』をモチーフにした19分の動画作品で、本作では抜粋された「コントラプンクトゥス1」、「コントラプンクトゥス11」、そして終曲の「未完のフーガ」に対して、厳格に譜面通りにアニメーションがつけられています。
例えば…コントラプンクトゥス1の冒頭で定時されるもっとも基本的なフーガの音型は、「シンプルな矩形が画面から遠ざかって、また近づいてくる」という映像に置換されています。で、楽曲中ではこの音型が反転したり拡大したり、様々に展開するわけですが、これとほとんど完全に対応する形で、アニメーションが展開される。時には有機的な模様で画面が埋め尽くされ、白く反転し、分裂して重なって…というように。
で、この映像だけを観るとまるでCGかと思うくらい、どうやって作ったのかが分からない。そこで、並列展示されている膨大な原画や描き込まれた楽譜、本人以外にはまったく意味不明な、記号だらけの制作ノートをひと通り見て初めて、これが魔法でもCGでもなんでもなく、真摯に譜面を解析して、ものすごく音楽に忠実に、こつこつと手作業で積み重ねた成果であることが判るわけです。
作中の音源は、トン・コープマンとティニ・マトーによるチェンバロ版。石田氏は幼少期に聴いたグールドのバッハが原体験としてあるそうで、これまでもバッハの楽曲によるライブペインティングなども多く行ってきたとのことです。本作については、下記のインタビューのなかでも詳しく解説されていて、大変読みごたえがありました。
金子遊のこの人に聞きたい vol.8
躍動するイメージ。石田尚志とアブストラクト・アニメーションの源流
石田尚志(美術家・映像作家)インタビュー: 映画芸術
http://eigageijutsu.com/article/138450454.html
以前、フーガの技法のコンサートについての記事(松居直美「J.S.バッハ:フーガの技法」@ミューザ川崎シンフォニーホール | EPX studio blog)の後半で書いたことがありますが、この曲ってvisualization、あるいは他種の芸術で表現する際の題材としてすっごく魅力的なんですよね。難解なようでいて、部分を追っていけば必ず理解できるし、感情表現として喜怒哀楽のどれでもない。
フーガの技法ビジュアライズは、ある意味でgerubach氏による譜面スクロール動画(全曲)が決定版なので、まずはこれからですね。
続いて連想するのが、やはりStephen Malinowski氏によるMAM(Music Animation Machine)動画。これは、フーガの概念を理解する取っ掛かりとしてもとても有効で、声部が色分けされているうえに、同じ音型が図形によってグループ化されていて、おすすめです。
シンセサイザーによる同曲の演奏については、過去にこんな記事も書きました。
シンセサイザーと「フーガの技法」 | EPX studio blog
http://www.epxstudio.com/blog/2012/0102_the-art-of-fugue-on-synthesizer.html
最近見つけて笑ったのが、なんと言ってもコレです。ビール瓶でコントラプンクトゥス1。アホそうでいて、異様に手が込んでいる!クライマックスで毎回笑ってしまいます。驚くべきことに、これ2もあるんですよ。
と、あれこれとあるわけですが、もっと広義において音楽の絵画化で連想するのが、昨年観に行った蘆野ゆり子さんのカリグラフィ作品です。蘆野さんの場合は声楽曲(宗教曲)のテキストを、様々な色と書体でビジュアライズするというものですが、そのダイナミックな曲線による筆致は、石田さんの描く有機的な曲線とも似ているなあと思いました。「絵巻」のカラフルな作品群などは、まさにそうですね。
さて、展覧会の後半は、作者自身の身体の動きなどを取り入れた、より即興性の強い作品が中心となっていましたが、私の興味としては、やはりストップモーション手法による独自の渦のモチーフを極めた作品のほうが。何でもそうですが、やはりアイデンティティたるモチーフを持っている作家さんの強さは素晴らしいなと。なんだか、良い意味で、どうやっても結局はそこに戻ってきてしまうというか。
最後の展示室で観た、『部屋/形態』という作品が印象的でした。これも先のインタビュー記事のなかで詳しく触れられていますが、東大駒場寮の一室を一年間借り切って制作したという動画作品。窓から差し込む光に影響を受けたり、また逆にそれを破壊するようにウネウネと動く曲線や矩形の数々。
この作品に当てられている音楽がまた、バッハのコラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659でですね。この曲がまたほんと、作品にたまらなく合っているのです。これはあの会場でぜひ体感してみる価値はあると思います。
横浜美術館での企画展は、会期終了まであとちょうど1週間というところですが、もし機会がありましたら。
石田尚志展 | 横浜美術館
http://yokohama.art.museum/special/2014/ishidatakashi/