聴くだけ楽典入門
楽譜が読めるようになりたい
実をいうと、って勿体つけることはないけれど、私は全然楽譜が読めない人です。正確には、義務教育の音楽の授業でやる程度の内容、つまり五線譜をドレミと追っていって「ああこれはラか、あれ、でもト音記号のとこに#が付いてるから…?」みたいなレベルです。もちろん、コードも分かりません。好きでクラシックを聴いているだけに、ト長調、ニ短調みたいなコトバに抵抗感こそないものの、それが何を意味しているのかも詳しくは知らないし、だからと言って、そのことによる不便も特に感じていませんでした。そんなこと知らなくてもクラシック音楽は十分楽しめるわけで。
一方クラブミュージック、とりわけテクノにおいて、DJをやったり曲を作るうえではそういった知識は必須のものではないし、むしろ楽譜が読めないプロのアーティストが普通にいる世界だというのは知っていました。そのこと自体については、今もそれでいいと思っています。が、それとは別に、単純な個人的興味として「楽譜が読めるようになりたい」という憧れはずっとあって…、とりわけ近頃になってその思いが強くなりました。
大きめの書店などで楽典に関する本を見ていくと、いわゆる教科書然とした楽典本がまずあって、パラパラとめくると、ひたすら用語の羅列と解説なんですね。で、これは独学で最後まで読み進める自信がないと棚に戻すと、一方で「やさしく分かる」とか「マンガで分かる」みたいな本が。ものすごい大きい字で、まずト音記号の書き順みたいなのがあって、これもなんか違うなと。
要するに、楽譜にルールがあることは一応は知っているけれど、そのうえでモヤモヤっとしている「なぜそういうルールになっているのか」「そのルールに従うと音楽がどう良くなるのか」という疑問に対して、ピンポイントで答えてくれる本が意外にない。しかも専門書ってそんなに安いほうではないし、自分がわりと挫折しやすいのもよく分かっているので、手当たり次第に読むわけにもいかない。
藤巻浩『聴くだけ楽典入門~藤巻メソッド~』(Amazon)を地元のブックファーストで見つけたのはそんなときでした。
聴くだけ楽典入門~藤巻メソッド~ ~藤巻メソッド~ CD-ROM付 - 書籍+CD-ROM 読み物 | ヤマハミュージックメディア
http://www.ymm.co.jp/p/detail.php?code=GTB01088929
この本を読んでみて
本書の特徴は、計369分に及ぶ著者自身によるmp3の音声番組がCDで付いていることで、また目次を見ても、普通の楽典本の冒頭にある既知の用語の解説はバッサリ省いてあって、それよりもその五線譜のルールの根底にどういう力学が働いているのか、にページが割かれている。
著者の藤巻浩さんは、『DTMマガジン』誌でも連載記事を書いておられる作編曲家で、部分的にDAWの話も出てくる。バロック音楽的な対位法の説明がある一方で、音楽ジャンルと音価の解説でドラムンベースが出てきたり。Amazonで見たところ、著者による他の同シリーズ本(『コード作曲法』『コード編曲法』など)の評価も高いようで、これは読んでみたいと思い、購入しました。音声コンテンツと併せて、集中的に一週間で読了。
読み終わってみると、なるほど、今までモヤモヤとしていた霧が晴れるような感じ!そもそも「調」って何なのかに始まり、調性を楽譜に落とし込むときになぜそういう調号と臨時記号で表記するのか、また、それぞれの調性がどういう関係性に基づいているのか。一度聴いて理解できなくても、何度か繰り返していると「分かる」ポイントがあって、ははあそういうことだったのかと。
特におもしろかったというか、この本のなかで再三強調されているポイントが「減5度から内部3度への解決」の動きの特性。今まで、まったく意識したことがなかったけど、音楽が自然と進みやすい方向に進行していく「力」の源に、こういう理屈があったというのは、目から鱗でした。主調と近親調のつながりも、対位法の限定進行音も、コード進行も、気持ちよく感じる音の流れはことごとく「減5度から3度」のひとつの動きに集約できる。
たとえば、(本書のなかでは触れられていないけれど)私が持っているボタン式アコーディオンは、こういった理論に基づいて合理的に設計されているわけで、なぜそういうふうにボタンが並んでいるのか、がようやく理解できました。よく出来ているんだなあ。
また、著者の語り口が柔らかく、音声コンテンツは譜例の再生を交えて、早いテンポでどんどん進んでいく。それぞれのmp3ファイルは10分未満のセクションに分かれているため、ちょっと時間に空きができたらPodcast感覚で聴ける。前述の自然な音の動きというものも、実際に耳で聴いたからこそ理解できるのであって、文章だけで読んでも(私には)分からなかっただろうなあと思います。習熟度は人それぞれだと思いますが、私にとってはちょうど相応しいレベルの本で、すごく身になりました。
2012年10月に出た本で、けっこう売れているらしく、一度見かけた書店では次に行ったときは品切れになっていました。私は山野楽器で買ったんですが、最近、続刊として『聴くだけ音感入門』という本も出たそうで、併せて売り出しているみたい。
これを読んだからといってすぐに楽譜が読めるようになるわけではないけれど、根っこのモヤっとしたところは氷解したので、徐々に慣れ親しんでいこうと思います。とりあえず、最終章のコードの連結の説明だけ異様に難しかったので、復習していこうかと。