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HBOの『ROME』、史実と創作の狭間で

日記2013-06-25 16:57

先月、Twitterのタイムラインで、古代ローマ帝国を舞台にした『ROME』というTVドラマ作品があることを知りました。なんでも米HBOと英BBCの共同制作で、2007年に放映された当時はそれなりに話題になったのだとか。全然知らなかった。

DVDの発売元のワーナーによる日本語紹介サイトがこちら。Flashで音が出ます。

『ROME[ローマ]』 2008.1.25レンタル開始!
http://wwws.warnerbros.co.jp/rome/

私は、学部生のころ古代ローマ史を専門にしていたこともあり、一般的な日本人よりはこの手のテーマに関心があるほうだと思います。といっても、ここ数年は書籍も映像作品もまったく追っていないし、いまだにイタリアにも行けていないし。挙句、これほどのスケールの作品をスルーしているという、まあその程度なのですが、なんだかこれは久々に腰を据えて観てみたいと思えました。

DVDは、シーズン1と2合わせて計22話。はじめレンタルでぽつぽつと借りていたものの、間もなくがっつりハマり、そのうえ新品DVDボックスがAmazonで異様に安いと知って、ボックスを買ってしまいました。平日の夜に少しずつ進めて、第1話から一ヶ月ほどかけて完走。

RIMG1172

本作の何がすごいかって、まず、徹底して史実に正確なところです。いわゆる時代考証がしっかりしていて、ただ制作費をかけているだけじゃなく、見映えが派手なら何でもいいというフィクション的ないい加減さがない。古代ローマを舞台にした映像作品、例えばNHKスペシャルの『ローマ帝国』(2004年)なんかのドキュメンタリーと比べても、極めてレベルが高いのではないかと思います。

物語の舞台となっているのは、共和政末期からアウグストゥスによる帝政が始まるまでの期間。いわゆる古代ローマ帝国がよく知られるような劇的な繁栄を極めるよりも前の話で、ローマの街並みはものすごく埃っぽいし汚い。綺麗に見せるのはCGでも何でも、いくらでもできるのだろうけど、敢えてこの泥臭さにフォーカスしたのはいいですね。

作中で扱う歴史上のできごとも限りなく正確で、少なくとも、史料で語られる史実に近く独自の脚色が少ない。なかには、ドラマチックすぎてさすがに演出でしょと思って後で調べたら、事実だったりとかも(ガリアの王ウェルキンゲトリクスが、カエサルの凱旋式で処刑されるくだりなど)。

また、登場人物のキャスティングもイメージにぴったり。飄々として本心を見せないカエサル、粗野で俗っぽく憎めないマルクス・アントニウス、日和見的で頼りないキケロ、理性的だけどどこか影のあるオクタウィアヌス。クレオパトラは、ベリーショートの小柄な女性で見た目には斬新でしたが、ハマっていました。今後しばらくはこのイメージが定着しそうな。

さて、とはいえこの作品は教科書のように退屈なドキュメンタリーではないわけで、あくまでも主役とその周辺は創作です。そのミックスのしかたがまた、良くできている。主人公は、カエサル率いるローマ第13軍団に属する兵士、百人隊長のヴォレヌスとその部下プッロ。彼らは貴族ではない一般的なローマ市民で、彼らの目線で貴族の歴史としての政治史に描かれない部分を描いている。つまりフィクションがノンフィクションに光を当てることで、物語を立体的に見せる構造になっています。

象徴的なのが物語始まってすぐの第2話。邦題は単純に『ルビコン渡河』とされていて、文字通りカエサルがルビコン川を軍隊を連れて渡り、公然と共和政に立ち向かったという有名なエピソードを描いているのですが、原題は"How Titus Pullo Brought Down The Republic"、つまり「(主人公である)ティトゥス・プッロがどのように共和政を崩壊させたか」。有名な史実の裏側に、架空の人物の行動が大きく関わっていたら…という、かなり突っ込んだフィクションでもあります。

であるにもかかわらず、史実を捻じ曲げていないのが重要なポイントで、以後も、カエサルやオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)、マルクス・アントニウスなどの重要人物が紡ぐ、ある意味で既にガチガチにフィックスされた物語の合間を、主人公2人が縫うように生きていく。パズルのようなシナリオ。本当に丁寧に作られています。

大筋のお話的には、とてもオーソドックスな悲劇でした。ギリシア悲劇のようにすごい古典的な。決してハリウッド映画のような、英雄的なストーリーじゃない。確かに、腕っぷしの強いローマ兵であるプッロとヴォレヌスは、一見してヒーロー的なシーンも少なくないけれども、目を覆いたくなるような場面もちらほら。人間として欠陥が多く、不器用すぎる。歴史の授業に使えそうなほど正確なローマ描写にもかかわらず、いや、正確だからこそ「R-15指定」なのにも納得というか。

そう、現代の西洋の倫理観をほとんど作中に持ち込んでいないのが、他の何を置いても素晴らしいところです。死や性について、宗教について、正義について。現代人には共感しにくいような道徳観が、(少なくともあからさまな故意と感じるような)変なフィルターを通さず、そのまま描写されている。
具体的には、2人の主人公(とローマの人々)は一切のためらいなく人を殺すし、公然と不義もはたらく。けれども、それも特異な部分を強調するような、見世物小屋のような見せかたじゃなくて、史料から類推できる事実の延長の範囲で、有り得べき自然な姿として描かれているんですよね。一定規模の大金を投じた映像作品において、この学者的な誠実さが反映されつつ、かつクリエイティブなものがどれだけあるかという話で。

よく誤解されることですが、歴史(特に古代史)を学ぶ醍醐味というのは、決して年表を暗記することなどではなくて、限られた史料から想像力をフルに働かせて、頭の中でありありとした映像や音を描くことだと思うのです。まるで自分がその時代に居て見聞きしてきたかのように。それって、シンプルな好奇心に端を発する創造的な作業で、「歴史に学ぶ」とかっていうありがちな動機は大概、なんらかのシチュエーションで歴史学の意義を強調するための後付けか、そうでなくば単に政治家の言説であることが多い。

つまり、私の考えとしては…事実としての歴史と、創作としてのクリエイティビティは相反する要素なのではなくて、本質的には親和性が高いのではないかということです。ただし、それだけに(特に)映像化というのは、ある意味ではリスキーな部分もあって、事実でないことが事実として受け止められてしまう可能性もある。史実に対して厳密に、倫理観も極力当時のまま、かつ与えられた範囲で創造的な要素を織り交ぜるという本作の試みは、個人的にも支持できる制作方針です。スタッフが意図するところのその指針の一部は、DVDのボーナスとして収録されたメイキング、インタビューからも明らかになっています。

さて、シーズン1と2に分かれている本作ですが、メインはシーズン1かなという印象。カエサルの暗殺までですね。序盤は登場人物が多く、まったくローマ史に馴染みのない方はさらっと予習したほうが楽しめるかも。戦うしか能がないプッロとヴォレヌスは、軍を退役したあとローマ市民として苦悩し、それぞれに人生の転機を迎えます。有名な元老院でのカエサル暗殺シーンにあたっても、ブルートゥスは苦悩する青年として描かれ、その光と影のなかの表現があまりにも鮮烈。見どころが多いという点では、まずシーズン1がおすすめです。

一方、シーズン2はファン向けの後日談にあたります。しぶとく生き延びたキケロは誰にどのように暗殺されるのか、ブルートゥスがフィリッピの戦いで迎える象徴的な最期、セルウィリアの狂気、そして息子が皇帝となり、全てを手に入れたはずのユリウス家のアティアに訪れる空虚。淡々と史実をなぞるばかりでありながら、最期まで飽きさせませんでした。また、クライマックスでのマルクス・アントニウスとクレオパトラのくだりは、本作では珍しく情緒たっぷりに描かれ、2人の人間くささが際立っています。

万人にお勧めできる作品ではないけれど(特にエロ・グロ描写の率直さにおいて)、古代ローマ史に興味のある方なら間違いなく興奮できる作品だと思います。検索したら、漫画家のヤマザキマリさんも放送当時の段階でハマっておられますね。

HBO ROME : ヤマザキマリ・シカゴで漫画描き Mari Yamazaki's Blog
http://moretsu.exblog.jp/i8

とりあえず、シーズン1を収めた前編セットがAmazonで1,000円と破格なので、アフィでもなんでもありませんが、リンクを紹介しておきます。

Amazon.co.jp: ROME [ローマ] 〈前編〉 [DVD]: ケヴィン・マクキッド, レイ・スティーブンソン, キーラン・ハインズ, ケネス・クラナム, ジェームズ・ピュアフォイ, ポリー・ウォーカー, リンジー・ダンカン, イアン・マクニース, インディラ・ヴァーマ, カール・ジョンソン, マイケル・アプテッド: DVD
http://www.amazon.co.jp/dp/B002AYP0EK/
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