東博でバッハ vol.16 池上英樹(マリンバ)
毎年春に上野公園一帯で開催されている「東京・春・音楽祭」へ、今年も行ってきました。会期のなかではもう終わりの方で、いい感じに桜のシーズンも過ぎて、夕暮れの上野公園はなんだか物寂しい空気。仕事を早めに切り上げて出たのでバタバタしてしまったけど、今度はあのあたり、ゆっくり散歩したいな。
マリンバの池上英樹さんによるソロ・コンサート。池上さんは気鋭の打楽器奏者で、マリンバによる全編J.S.バッハのプログラムは国内でも異例とのこと。確かに、YouTubeではヨーロッパのマリンバ奏者によるバッハ演奏の映像が結構あるのに対して、あまりコンサートの情報は聞いたことがない。これはなかなかない機会と思い、事前のプログラムを見て即チケットを取りました。なにしろ、今年よく聞いている『無伴奏チェロ組曲』の第1番を全曲やるらしいと。
これまで、個人的にヴィブラフォン(ヴァイブ)ほどは親しみのなかった楽器、マリンバ。木琴の一種ですね。考えてみると不思議な楽器で、マレットの先端はゴム、それに繊維が巻きつけてあって、木の板を叩いて金属管が響かせる。完全アンプラグドの生楽器なのに、現実感がないというか、ちょっと浮世離れした音。
特に低音の響きがものすごく豊かで、上の動画の35秒くらいに出てくる最低音の迫力にはびっくりします。アタックが強くて減衰が速いという意味ではチェンバロの特徴とも似ていますが、標準でこれだけリバーブの効いた楽器ってそうそうないように思います。
さて、この日の演奏会、前半は無伴奏チェロ1番から。誘うようなプレリュードは出だしから心地よく、奇をてらわない感じが素晴らしかったのですが、メヌエットやジーグのような勢いのある速い曲のほうが奏者の魅力が出ている気がしました。平均律の2番は、さすがにプレリュードの速弾きはちょっと厳しい感じ。シャコンヌはマリンバの音色にぴったりというか、まるで元からマリンバのための曲のように感じる編曲で、すごく聴きごたえがありました。
後半は声楽曲などを交えた、バリエーションに富んだプログラム。「マニフィカト」から大好きなバスのアリア"Quia fecit mihi magna"が取り上げられたのは嬉しかったです。敢えて中高音と低音を行き来する編曲で、硬く金属っぽい前者、柔らかくふくよかな後者と、はっきりとした響きの違いが楽しめました。
面白かったのはコラール。4声の各パートを、両手に2本ずつ持った4つのマレットでそれぞれ担当し、長い音は左右を交互に早く連打するという奏法でした。これがまた不思議な魅力があって、楽器特有の深いリバーブ効果によって、連続音にアンプLFOがかかっているように聞こえる。コラールに相応しい、荘厳な雰囲気の音でした。
派手なトッカータとフーガに対して、アンコールはゴルトベルクのアリアでしっとりと。
なんというか、マリンバの深すぎるリバーブや低音と高音の音色の差みたいなものって、あまりにも特徴的なだけに、なんでもかんでも合うってわけでもなさそうで。もしバッハの時代にこの楽器があったら、この楽器のためにどんな曲を書いたんだろうとは思いますね。
池上英樹さん、まだお若いと思うのですが、現在は山梨を拠点に活動されているそうです(公式サイト)。意欲的なプログラムと素晴らしい演奏に拍手を送りたい。もっといろいろ聴いてみたくなる、良いコンサートでした。
東京・春・音楽祭-東京のオペラの森2013-
東博でバッハ vol.16 池上英樹(マリンバ)
2013年4月10日(水)19:00@東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール
J.S.バッハ:
無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007
前奏曲とフーガ 第2番 ハ短調 BWV847
(《平均律クラヴィーア曲集 第1巻》より)
J.S.バッハ(池上英樹編):
シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004より)
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J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第1番 ト短調 BWV1001
J.S.バッハ(池上英樹編):
コラール前奏曲「目覚めよと呼ぶ声あり」BWV645
(《シュープラー・コラール集》より)
アリア「われに大きなことをなしたまえる者」(《マニフィカト》BWV243より)
コラール「汝、平和の君、主イエス・キリスト」
(カンタータ《死人の中より甦りしイエス・キリストを覚えよ》BWV67より)
コラール「ゆえに思いのままに進み行け」
(カンタータ《いと尊きインマヌエル、虔しき者らを率いたもう君侯》BWV123より)
コラール「おお神よ、汝いつくしみ深き神よ」
(カンタータ《人よ、汝はさきに告げられたり、善きことの何なるかを》BWV45より)
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
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[アンコール]
J.S.バッハ:アリア(ゴルトベルク変奏曲 BWV988より)