タンゴ版ミサ曲:Misa A Buenos Aires
先日の夜中、たまには深いタンゴが聴きたいなと思いYouTubeを徘徊していたら、とある映像の関連動画に"Misa Tango"なる候補が出てきて、しかも飛び先に行ったらさらにずらずらと出てくる。MisaってMass、つまりカトリックのミサ曲のことらしい。え、タンゴで宗教曲ってどういうこと?
その曲というのは、アルゼンチンの作曲家Martin PalmeriによるMisa "A Buenos Aires"。バンドネオンとピアノ、弦楽オーケストラと四部合唱およびメゾソプラノ独唱のために書かれた楽曲で、詞はすべてラテン語の通常文によるもの。バッハのロ短調ミサと同じ、Kyrieに始まりAgnus Deiに至る5部からなる構成となっています。
思った以上にしっかりタンゴで、しかも協奏曲としてもいい曲なんですよね。冒頭の印象的な斉唱はバッハのロ短調さながらだし、続く強烈な低音の「ジュンバ」ビート、そしてバスから順に立ち上がってくる4声のフーガ。以降もピアソラ風の3-3-2のグルーヴが出てきたり、いかにもタンゴっぽく終わるGloria、超ロマンティックで壮大なCredoなど、トータル30分ちょっとの作品ですが、聴きどころばかりです。Credoは透明感のあるEt incarnatus estの独唱から、荘厳なCrucifixus、情熱的なEt resurrexitとダイナミックな対比が特に印象に残りました。
作曲者のサイトによると、この曲は1996年に初演され、翌年バンドネオンにパブロ・マイネッティを迎えて録音されています。このときCDのタイトルとして、分かりやすく"Misatango"と名付けられているようです。ありがたいことに今はiTunesとAmazon mp3でも買えるようになっているので、早速購入しました。こういう、タンゴなのか声楽曲なのか、はたまたクラシックなのか現代音楽なのかという謎のジャンルに関しては、CDでは異様に探しにくいので(下手をすると「その他」みたいなところにある)助かります。
Amazon.co.jp: Misatango/Misa A Buenos Aires: Mart n Palmeri: MP3ダウンロード
http://www.amazon.co.jp/Misatango-Misa-A-Buenos-Aires/dp/B003I3TTPI/
先に紹介した動画は、2011年ライプツィヒのニコライ教会でのコンサートの様子だそうです。そういえば、アストル・ピアソラが有名なセントラルパーク公演のMCで、バンドネオンのことを「ドイツの教会で生まれて、ブエノスアイレスの売春宿に持ち込まれた楽器」と紹介して笑いを取っていましたが、こうして100年以上を経て、バッハのお膝元の教会で再び宗教曲を演奏している様子を見るのは、バンドネオンという楽器の数奇な運命を目の当たりにしているようで感慨深いですね。
ところで、私は知らなかったのですが、各国ジャンルのミサ曲というのは実は、フォルクローレ版の『ミサ・クリオージャ』をはじめとして色々とあるのだそうで。タンゴについても、アカデミー賞も取ったLuis Bacalovという作曲家がその名も"Misa Tango"という作品を発表していて、一般的にはそちらのほうが有名なようです。
ただ、パルメリ作は合唱曲として根強い人気があるらしく、YouTubeにも色々なバリエーションが上がっています。私も両方聴いたけど、こちらのほうが好き。以下、作曲者自らコーラスを指導している様子を撮影したものもあって、ドキュメンタリーのようでおもしろいです。
バッハの思い出
つい先日、移動の合間にちょこちょこと読み進めていた山下肇訳『バッハの思い出』(講談社学術文庫、1997年)を読了。
この本はいわくがあって、講談社学術文庫版で著者名に「アンナ・マグダレーナ・バッハ」とある通り、バッハの2番目の妻が書いたという体(てい)で発表されています。しかし実のところ、本作は20世紀初頭のイギリス人作家エスター・メイネルが発表したフィクションであって、本当にバッハの妻が書き残した作品ではありません。このことは明白な事実のはずなのですが、ダヴィッド社版の初版から60年を経た今流通している第13刷(2010年発行)おいても、いっさい注記や訂正がないという点が、講談社に対する非難の元になっているようです(Amazonのレビューなど)。
確かに読んでみると、バッハの妻が書いたにしては不自然な点が多々あって、例えば、バッハに関する今日有名なエピソードが余さず盛り込まれていることとか、無数の作品の中から特に現在高い評価を受けている作品を中心に言及しているところとか。いかにも、後世の人が書いたっぽいんですよね。
にしてもこれ、ファンアートっていうかつまり、二次創作ですからね。熱狂的なバッハ・オタクの女性が、彼の妻になりきって書いた「バッハの回想録」!それを、日本の独文学者が(多少の疑念は抱きつつも)本物と信じて、真面目にわざわざ独語版から翻訳したというから、コメディーというか何というか。まあまだ戦後間もなく、古楽への理解も今ほど十分ではなかった時代の話なので。
事の成り行きの是非はともかく、内容は、バッハ好きにとっては大変楽しめるものでした。文体がこれがまた品のあるやさしい日本語で、好みが分かれるところだと思いますが、私はけっこう好きでした。楽しい本です。
ついでに、バッハや古楽関連では以下の本を読みました。
- 磯山雅『J.S.バッハ』(講談社現代新書、1990年)
- 磯山雅『バロック音楽 豊かなる生のドラマ』(NHKブックス、1989年)
- 200CD古楽への招待編纂委員会『200CD クラシック音楽の探究 古楽への招待』(立風書房、1996年)
加えて、いま現在次の本を読み進めています。
- 杉山好『聖書の音楽家バッハ』音楽之友社、2000年
- Johann Nikolaus Forkel, Charles Sanford Terry "Johann Sebastian Bach, his Life, Art, and Work"
前者は、主に『マタイ受難曲』をモチーフとして、宗教的・音楽的にかなり踏み込んだ内容の論文集で、自分のような初心者には難しいものですが、少しずつ理解していければと思っています。
後者は、1802年にヨハン・ニコラウス・フォルケルという人が書いた「J.S.バッハに関する最初の伝記作品」の英訳で、AmazonのKindleでフリー(!)で販売されているのを見つけました。Kindle Paperwhiteに入れています。
もしも何か新しい作曲でちょっと戸惑いしたり、すぐにはよく呑みこめなかったりしたときには、わたくしはもう二、三度も続けて、聴けばよいのでした。それでそのメロディーの線と好ましいものの意味はたちどころにはっきりして、最初どこか馴染めぬところのあったのも、みんなわたくしが鈍感だったせいであることがわかりました。
(『バッハの思い出』p.248)
最近ふとしたきっかけで、まだ未聴だった「無伴奏チェロ組曲 第2番 BWV1008」をYouTubeで聴いてハマってしまいました。無伴奏曲はチェロもヴァイオリンも、一見してあまりにも地味でストイックな性格のために、どうしても敷居が高いように思えて手が出なかったのですが、何度か聴いていくと、不思議と馴染んでいくことが分かりました。他のバッハ作品と同じですね。今年の前半は、このあたりから掘り進めて行こうと思います。
あけましておめでとうございます
3年ぶりにみんなと茶箱で年を越せて、しかも10周年という節目の初手にライブをさせていただいて幸せでした。どうもありがとうございます!
大晦日は自宅で年越しそばを食べ、機材をゴロゴロ引っ張って早稲田へ。前半は茶箱ゆかりのパーティー「ビア充」「Spiel!」「Hardonize」のクルーがそれぞれB2Bで盛り上げました。特に、Hardonize組のハードテクノ紅白歌合戦が年末感があって良かったです。このあたりからお客さんもいっぱい集まり始め、一気に年越しムードが高まる。
watさんのDJからカウントダウン、店長エージさんの挨拶へ。この年末年始で、茶箱のプレ開店パーティーからちょうど丸10年とのこと。改めて、おめでとうございます。
さて、自分のライブは去年から再開したハードウェア機材によるセットでした。今回は大きいシンセは無しで、Electribe SXを中心に、エフェクターとミキサー類を持ち込み。アルバム制作での反省を踏まえて、さらに音を作り込んでいったのですが、前回のライブよりもずっとイメージに近い出音になっていたので良かったです。とはいえ、出番前に微調整できなかったため、お聞き苦しい点があったらすみません。
録音をアップしておきます。
R-9 - Live@Sabaco New Years Party 20130101
http://www.epxstudio.com/music/mp3/R-9_-_Live@Sabaco_New_Years_Party_20130101.mp3
アルバムからは"Raw Data"、"Soul Jam"、"Stride In Shadow"そして"Jack The Machine"をプレイしました。後半の深めの流れを、今年はもっと掘り下げていきたい感じです。ライブに関しても、もっと回を重ねて完成度を追求していきます。
そんな感じで、今年もどうぞよろしくお願いします。