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フランチェスコ・トリスターノ『Long Walk』

クラシック2012-12-14 23:11

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先月の話ですが、秋にDeutsche Grammophonからリリースされた新譜、日本盤のリリースを待たずに海外盤を買ってしまいました。今回の作品は、ブクステフーデ、バッハ、自作という取り合わせ。震災後の日本でレコーディングしたという情報が出始めた当初から、ずっと気になっていました。

トリスターノさんの記事は、ブログの「クラシック」カテゴリーで、ステマかってくらいたくさん書いていますので、よかったら読んでみてください。コンサートホールとクラブの両方において、バロック音楽と現代音楽とテクノをまったく同列に弾いている、変わったピアニストです。

さて、タイトルの『Long Walk』は、収録された同名の自作曲の表題と同じものですが、これが何を意味しているかというと、J.S.バッハの有名な逸話からだそうで。1705年、ドイツはアルンシュタットの教会オルガニストだった20歳の青年バッハは、著名な老オルガン奏者ディートリヒ・ブクステフーデの演奏を聴きに行くために、はるばる400kmの道のりを旅しています。徒歩で!しかも、行った先のリューベックでブクステフーデの音楽にハマってしまい、4週間の休暇を無断で4ヶ月に延長してしまったという話(当然帰ってからえらい人に怒られてケンカして、結果としてアルンシュタットを去る)。

この経験が、後のバッハの作品に大きく影響したというのもまた、よく知られているところです。

例えば、今日メジャーになった鍵盤楽曲のいわゆる『ゴルトベルク変奏曲』(BWV988)は、ブクステフーデの『アリア「ラ・カプリッチョーサ」と32の変奏曲』(BuxWV250)を参考にしたもので、いずれも主題がト長調。実際に聴いてみると、本当にゴルトベルクの冒頭の低音主題だけを取り出して、延々と繰り返しているような曲です。これは、トリスターノ本人が下記の動画のなかで実演しているので、見ていただくとすごく分かりやすいんじゃないかなと(2分30秒くらいから)。

両曲とも、一定の主題に基づく変奏が32回繰り返されるという作品ですが(ゴルトベルクは同主題のアリア2回+30変奏)、ライナーの解説によれば、ブクステフーデの方の作品はさらに厳密には「同じループをノンストップで128回繰り返す」というものです。これはミニマル・ミュージックそのものですよ。300年前の。

これに限らず、ブクステフーデの作品を辿っていくと、バッハを思わせる偏執的にタイトなフーガ作品や、一方で今でも古さを感じさせないモダンなメロディーが所々に現れます。私も、しばらく前から興味があって聴いていて、初めて買ったチェンバロのスキップ・センペによるソナタ集のほか、最近出たユングヘーネルによる宗教カンタータ集の廉価盤を聴いています。オルガン作品も聴いてみたいんですけどね。

話は逸れましたが、トリスターノの本作、前述の通り日本でレコーディングされたもので、ヤマハCFXを用いて京都で録音したとのこと。前作と違い、エンジニアのクレジットにモーリッツ・フォン・オズワルドの名前こそないものの、打鍵時に指の腹が鍵盤に当たる音まで聞こえる、特徴的なサウンドになっていました。
面白いことに、『アリア「ラ・カプリッチョーサ」と32の変奏曲』全曲から、次のゴルトベルクの第30変奏(クオドリベット)の繋ぎは、まさにDJミックスと言えるもので、彼のコンサートでの演目と同じように、完全にシームレスに繋いでいます。そこから、ピアノとエレクトロニクスによる自作の表題曲、そして再びゴルトベルクからのアリア。やっぱり、DJミックスなんですよ、これ。

そういえば、私は過去、実際にDJのときにクラブでプレイしたクラシックの曲というのが2曲だけあって、ひとつが2010年4月、自分が30歳になったときに企画したパーティーのなかでかけたゴルトベルクの第30変奏、もうひとつが同じ年のパーティーで冒頭にかけたブクステフーデのシャコンヌ(BuxWV160)なんですが、この2曲ともが『Long Walk』に収録されていてびっくりしました。どちらもトリスターノのことが念頭にあったわけではなく、まったくの偶然。こんなことがあるのかと思いました。

そうそう、CDの前半のトッカータやカンツォーナもすごく良くて、それこそ緻密に構成されたミニマリズムを楽しめます。カンツォーナ(BuxWV168)は、フーガの各声部を3人のトリスターノで表現したPVもおもしろいですね(もちろん、実際には多重録音でもなんでもなく、1段の鍵盤で弾いているわけですが)。

海外盤のラストは、自作のシャコンヌ『Ground Bass』です。これは去年の津田ホールでの映像がYouTubeで丸々公開されているので、興味のあるかたはぜひ。暗闇で瞑想するような序盤から、おもむろに立ち上がって内部奏法でリズムを浮き上がらせ、ラストはデトロイトテクノを連想させる反復と拡大。

今作については、ディリゲントさんのこちらの紹介記事も読みごたえがあるので、併せてどうぞ。

フランチェスコ・トリスターノについて2:新譜『LONG WALK』 | FUN | Dirigent
https://www.dirigent.jp/fun/menu/fan/Francesco-Tristano-2.html
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