聖剣伝説2 アレンジアルバム
発売前から楽しみにしていた『聖剣伝説2』のアレンジCDが出たので、購入しました。正式には『シークレット オブ マナ ジェネシス 聖剣伝説2 アレンジアルバム』。ゲームの発売から20年を経て発表された、まさかの完全新作サウンドトラックです。
シークレット オブ マナ ジェネシス『聖剣伝説2』アレンジアルバム 菊田裕樹 / SQUARE ENIX
http://www.square-enix.co.jp/music/sem/page/seiken2_somg/
聖剣2は、言わずと知れたスクウェア全盛期のスーパーファミコン用アクションRPGですが、このゲームの音楽作品としては、公式オリジナル・サウンド・ヴァージョンのほかに『シークレット オブ マナ』という当時としてはかなり前衛的なコンセプトのアレンジアルバムが出ており、表題はそれを踏まえたもののようですね。
本作は、アレンジCDとは言いながらも、メロディーも編曲もほとんど改変せず、原作に限りなく忠実、というコンセプトを貫いています。スーファミは低ビットレートのサンプリング音源なので、音色はすべて新しく差し替えているものの、作曲時のMIDIデータを参考に、キックにかかるショートディレイや、スネアにかかるリバーブまで再現するこだわりよう。つまり位置づけ的には、「再録音盤」と「リマスター盤」の中間のような作品ですね。そりゃあ、ファンなら買うでしょう!
作曲者の菊田裕樹さんは、この聖剣2が実質的なスクウェアでのデビュー作。ファンにはよく知られていることですが、彼は非常に多彩かつ異色の経歴の持ち主で、関西大学哲学科を卒業後20代にマンガ家としてデビューし、独学で始めた作曲をもとに29歳でスクウェアに入社しています。伊藤賢治さんの後を継いで聖剣シリーズを担当したのち、ゲームデザイナーとして独立して会社を設立、脚本・総監督を務めたプレイステーション用RPG『クーデルカ』を残しています。
その後はいろいろとあったようで、所属を転々とされつつも(成人向けゲームの音楽をやっていたのは始めは個人的にはショックだったのですが、この時期の作品も一貫して素晴らしいです)、最近はまたTwitterを通して、精力的に作曲活動に関わっておられる様子がうかがえます。そんな中の、20年越しのプロジェクト。
私も、中学生のときにこの作品に出会いました。スーファミを買ってもらったのが遅くて、確か最初がロマサガで、次が聖剣2だったかな?よく覚えているのがオープニングのデモ映像で、通っていた駅前のゲームショップの店頭で、繰り返し繰り返し見ていました。とにかく当時のゲームとしては、衝撃的な美しさだったのです。
菊田さんも、自身のサイトに掲載された2000年の記事において、このオープニングの演出について述懐しています。
特にオープニングは出色。その頃のゲーム制作の現場には、音楽と映像のシンクロ、などと言っても、誰ひとり理解するものは居なかったが、画像のプログラムが出来上がるまで粘り、それに合わせて音楽を作曲し、さらに微調整を加えて、画面に鳥が現れるタイミングと曲の展開を同期させるという、前例のないこだわりを見せることが出来た。昨今の派手な演出から見れば、ただ絵が出るだけの地味なものだが、シンプルな力強さといい、映像と音楽の一体感といい、今もって、これに優るゲームのオープニングは無いと自負している。
Library : 伝説の日々 | Angel's Fear | 菊田裕樹オフィシャルウェブサイト
聖剣2、というか菊田さんの楽曲のオリジナリティには際立ったものがあり、当時発売されていた他のどのゲームミュージックにも似ていませんでした。もちろん、植松さんや伊藤さんによるそれまでのスクウェアの音楽にも。サンプリングされた音色はシンプルかつ透明感があり、それでいて難解なコード進行、高速で上下するベース、複雑を極めるパーカッション。1曲のあいだにも、民族音楽っぽい平坦なフレーズが続くと思えば、突然叙情的なメロディーが差し込まれたり。
サントラにある楽曲のタイトルもまた良いんですよね。上記の公式サイトの記事の後半にある通り、文学や芸術に精通した菊田さんらしい、ユニークな命名がされています。オープニングの「天使の怖れ」、ラスボスバトル曲の「子午線の祀り」。特にオリジナル盤で見られる、終盤の楽曲群の流れるようなタイトルの羅列は、本編のストーリーと完全にシンクロしていて、いつ見ても熱いです。
最近、といってもこのアレンジ盤が発表されるよりもずっと前の話ですが(2010年)、Twitter上の『聖剣伝説2』『聖剣伝説3』についての、ファンに対する菊田さん本人の真摯な質疑応答の内容がまとめられています。楽曲のタイトルの由来であったりとか、制作にまつわる小ネタ、音楽についての考えかたなど。これを読むと、首尾一貫した(単なるBGMではない)ゲーム音楽に対する深い洞察が、明確に作品に反映されていることがよく分かります。
菊田裕樹さんが語る「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」の楽曲 - Togetter
http://togetter.com/li/59488
菊田裕樹さんが語る「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」の楽曲 Part.2 - Togetter
http://togetter.com/li/59506
先日、アレンジ盤の発売を記念して、ニコニコ生放送で菊田さんを招いての特別番組が放送されたんですが、この中でも上と同様のことを語っておられました。曰く、幅広い音楽ジャンルや文学の断片を含ませることによって、ゲームをプレイするであろう小中学生に対してそれらに触れる「きっかけ」を作る意図があった、フィールド・戦闘・勝利などの場面に応じたプレイヤーの感情への寄り添いかた、最良のゲーム音楽とは聴いていることを忘れさせるようなもの...、などなど。
翻ってこのアレンジ盤、何が素晴らしいかって、やはりオリジナルに忠実な点なんですよ。今どき、アレンジやリメイク、リミックスの類は数あれど、人生において感受性の強いあの時期に、あの音楽が染み付いている一部の人たちにとっては、オリジナルを超えるものはないわけです。たとえ著名な管弦楽団を招いたオーケストラ・アレンジであっても。
その点において、最初に挙げたこの作品のコンセプトは、ほとんど完璧に達成されていました。音色がアップデートされたり、聴感上はほとんど気づかないゴーストノートが加えられたりしたことによって、記憶の中で美化されたイメージそのものの通りに「鳴る」。だから、ゲームのなかの効果音や場面が蘇るばかりでなく、20年前の、つまり小中学生のころの自分が感じていた世界がフィードバックされる。それは、まったく新しいものに出会うような強烈な体験ではないけれども、何故だか揺り動かされる、不思議な感覚です。
それにしてもこれって、サンプリングレートの低い初期のPCM音源のハード世代ならではの見事な企画ですね、多分、ファミコンとかゲームボーイだったらそのハードの音源が至高で、アップデートのしようがないと思います。同じ世代で、原曲に忠実で音色だけアップデートという意味では、PSPでリメイクされた『タクティクスオウガ 運命の輪』のサントラがそれに近いかもしれません。ただ、聖剣2は一度もリメイクされていないので(WiiバーチャルコンソールやiOSへの移植はある)、いずれにしても、このCDの企画は革新的です。
聴こうと思っている人がいれば、ぜひレンタルやデータではなくCDを買って、(ジャケットの装丁も良いのですが)作曲者自身によるライナーを読んでほしいと思います。はっきりとした企画意図が、菊田さんらしい熱のこもったメッセージに集約されていて、グッときました。こういう作品が残せたら素晴らしいだろうな。
ちなみに以下は、95年発売の『聖剣伝説3』のサントラのライナーからの引用です。これも原文は通常のCDのライナーとしては長大な、創作についての力強く説得力のある小論で、何度も繰り返して読みました。
重ねて言うが、僕は君達に、何かを言いたいのではない。僕は君達に美を、あるいはそれはscapeでありvisionでありemotionであり、究極的にはlifeであるはずの輝きを、見せてあげたいのだ。人という個としての存在が、他者に向けて何かを表現しようとする、そのコミュニケーションとしての行為そのものを創作と呼ぶならば、それは基より、人に発したものとして人に帰着するのが筋ではないのか。故に僕は、全ての創作は人に向けて為されるべきものであると考える。創作物は、それが発想され記録され流布される上での様々な制約を乗り越えて、必ず何らかの人間的真実を、その中に保持し続けなくてはならない。決して、魂を持たない空疎な記号の羅列や、借り物のイメージの集積になってしまってはいけないのだ。
―菊田裕樹『聖剣伝説3 オリジナル・サウンド・ヴァージョン』ライナーノーツ(1995)
聖剣2のアレンジがこの出来だと、やはり次は3を期待してしまいますね。