フランチェスコ・トリスターノ「BACH×CAGE」
30日、フランチェスコ・トリスターノの2度めの日本ツアーの最終日に行ってきた。場所は千駄ヶ谷にある津田ホール。最近リリースされたアルバム、「bachCage(バッハケージ)」と同様のコンセプトで企画されたもので、J.S.バッハとジョン・ケージのソロ鍵盤楽曲を中心に、自作曲を織り交ぜたプログラム。
昨年のコンサート(とUNITでのクラブ・セット)については、以前このブログに書いた通り。あれから、アルバム「イディオシンクラシア」が出たり、それのBen Klockなどを含むリミックス盤が出たりして、テクノ側にもより深くリーチしているように見えた。以来、次にどんな企画で来日するのかは楽しみにしていたけれど、まさか震災後のドタバタで多くの演奏家が公演をキャンセルするなか、一か月ものツアーを組むとは思っていなかった。ほんと、ありがとうって感じ。
始まりは、内部奏法を使った即興演奏による自作「イントロイト」。消え入るような弱い音と、ホールを埋め尽くすような巨大な打鍵ノイズのコントラスト、ピアノならではのダイナミクスの表現が、全体を通して、昨年よりも印象的だった。序盤、鍵盤上を除いてはほぼ真っ暗という、極端に照明を落としての演出効果も良かった。
同じ変ロ長調で、ペダルによる長い残響音を維持したまま、DJのカットインのようにパルティータ第1番。歯切れの良い音と、均一なリズムが生み出すグルーヴ!今回配布されたプログラムから、本人のインタビューの一部を引用させてもらう。
宮廷舞曲形式を用いたバッハの音楽は、要するに300年前に書かれたダンスミュージック。一方、21世紀のテクノは、アーバンライフという現代の生活様式に根づいた芸術表現ですが、バッハの音楽も、当時の生活様式から生まれた芸術表現であることに変わりはない。唯一異なるのは、300年の時空が介在することで生まれた音楽スタイルの変化。ぼくは演奏家として、その両方に血を通わせ、息づかせたい。言い換えれば、古典は古典、現代は現代と区別せず、過去と現在を自由に往来するのが真の創造行為だと思います。
休憩を除いて、すべての曲を繋げて弾く。
そして古典は古典の再現ではなくて、あくまでフラットな観点で弾いている。会場で購入したCD「bachCage」を聴いてみたら、さらにこの傾向が顕著で、普通はカットされるような楽器的なノイズが強調されていたり、ピアノの音色に聴こえるギリギリくらいまでリリースを削っていたり、大胆なことをやっていた。この作品は、純然たるクラシックの器楽曲のCDだけれど、プロデューサーがモーリッツ・フォン・オズワルド。
個人的にパルティータは、グールドの演奏に親しんでいて、方向性としては似ていなくもないかな、と思った。音はまったく違うけれど、方法論的なイミで。グールドが生きててこれを聴いたら、なんて言うだろう。
ケージの作品も良かった。でも、この人が弾くならバッハかな。4つのデュエットは去年も弾いていたし、演奏会で取り上げるレパートリーはそんなに多くはないみたい。イギリス組曲第2番みたいな、それこそタイトなダンスミュージックを弾いたらと思うと、考えただけでわくわくする。ライブ・エレクトロニクスを取り入れたチェンバロ協奏曲とか、誰かがやるとしたらフランチェスコ・トリスターノしかいない。
もちろん私は、オーセンティックでいかにも厳格な古楽演奏も大好き。実際には、たぶん各方面からは賛否両論なんだろうけど、あまりそういうところを見せない人だな。居場所が「そこ」だけではないので、気にしてないというか。
パルティータ第6番が終わって、いったん区切って再登場してから、ラストの自作曲「シャコンヌ~グラウンド・ベース~」。後半は、ほとんどパーカッショニストのように木の部分を激しく叩き、鍵盤は左手を大きく跳ねさせてリズムを作っていた。
アンコールはお馴染みの「The Melody」。これなんかはもう、デトロイトテクノそのものと言ってもいい。挨拶と曲紹介にあたり、トリスターノはこの曲を「これまで弾いた曲とは少し違うものだけど、音楽は音楽だから(music is music)」と言っていて、この表現に彼がやりたいことが端的に表れているなと思った。
フランチェスコ・トリスターノ BACH×CAGE
2011年6月30日(木)19:00@津田ホール
フランチェスコ・トリスターノ:イントロイト (Introit)
J.S.バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825
ジョン・ケージ:ある風景の中で (In a Landscape)
J.S.バッハ:デュエット 第1番 ホ短調 BWV802
J.S.バッハ:デュエット 第2番 ヘ長調 BWV803
J.S.バッハ:デュエット 第3番 ト長調 BWV804
J.S.バッハ:デュエット 第4番 イ短調 BWV805
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ジョン・ケージ:四季 (The Seasons)
J.S.バッハ:パルティータ 第6番 ホ短調 BWV830
フランチェスコ・トリスターノ:シャコンヌ~グラウンド・ベース~ (Chaconne "Ground Bass")
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[アンコール]
フランチェスコ・トリスターノ:The Melody