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蘆野ゆり子 カリグラフィー作品展

クラシック2014-11-04 00:49

2日日曜日、中野Space 415で開催されているカリグラフィー作家蘆野(あしの)ゆり子先生の作品展へ行ってきました。会期は1日から6日までで、入場無料。場所は、中野駅からしばらく歩いて野方警察署を奥に入ったあたりにある、住宅の一角に設けられたギャラリースペースです。

私が蘆野先生の作品を知ったのは今年の春、バッハの受難曲を聴き始めてBCJのコンサートに通いだしたころに見かけた、1枚の公演チラシがきっかけでした。淡野弓子氏率いるムシカ・ポエティカによる「マタイ受難曲」のコンサートのためのもので、そのコンサート自体は都合が付かず行けなかったのですが、チラシの作品があまりにも印象的で、手元にとっておいたのでした。

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マタイ受難曲の膨大なテキストが、余すところなく一言一句整然と書き込まれていて、しかも、コラールや主要なアリアが配色・配置ともに厳密なルールに従って表現されているのに気づき、ショックを受けました。バッハが音楽によって実現した「完全性」を、これほどまでに忠実にビジュアル化した作品があったのかと。
記載されていた作者名で検索して、春の時点で11月に日本で作品展が開催されるということを知り、以来数か月間ずっと、生で作品を拝見できるこの機会を楽しみにしていました。

蘆野ゆり子さんは、ハインリヒ・シュッツやJ.S.バッハ、メンデルスゾーンといった、主にドイツの宗教音楽家による作品をモチーフにカリグラフィー作品を発表されているアーティストです。公式サイトのプロフィールによると、特にドイツ国内で勢力的に作品展を開催されていて、ここ数年は東京でも年1回のペースで定期的に行われているそう。

昼過ぎにお邪魔すると、蘆野先生ご本人がいらして、気さくに話しかけてくださいました。さらに、音楽に関してもカリグラフィーに関してもまったくの素人の私に、展示されているそれぞれの作品について丁寧に解説していただけて感激しました。

まず、例のバッハ「マタイ受難曲」の実物を拝見して驚いたのは、思っていたよりも画面が小さかったこと。印刷物のものがあまりにも文字が細かく描きこまれているので、大きな作品だと思っていたのですが、普通にものすごく字が細かかった。手書きというのがにわかに信じられないくらい、一切の乱れがなく精緻に書き込まれていて、ため息が出てしまいました。
公式サイトに、小さいサイズながら作品全体の画像が掲載されているのでぜひ見てほしいのですが、作品最上部中央に冒頭の合唱、最下部に終曲が配置されていて、中央の十字架を形成する部分が主に福音史家とイエスによるレチタティーヴォの全テキストになっています。両サイドにはコラールが上から順に並べられ、そのさらに外側にはアリアと伴奏つきレチタティーヴォが配置されていますが、大きく画面左側が第1群に対して右側が第2群というように分かれています。そして、十字架の中心にあるのが、何度も繰り返される重要な"O Haupt voll Blut und Wunden"のコラール。

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テキストはすべて声部ごとに色分けされていて、全体として非常にカラフルに映ります。さらにアリアとレチタティーヴォでは厳密に書体が使い分けられている。バッハ作品に親しんでいる人には分かると思うのですが、この究極の構成美はまさしくバッハの音楽の魅力そのもので、それを音以外の形で表現できるということに改めて感銘を受けました(バッハの自筆譜自体が、整然と美しくしばしば絵画的であるわけですが、それは除くとして)。
驚くべきことに、この作品は今までに計8枚書かれたとのことです。

会場を見渡すと、むしろバッハがモチーフの作品は少なく、他の声楽曲の作品が多いようでした。折り重なるような複数のダイナミックな曲線に沿ってびっしりと書き込まれたメンデルスゾーンの「エリア」、荒々しい黒い画面に鮮烈な色彩と金箔を用いて制作されたハイドンの「天地創造(序曲)」のような大作の他にも、一見してポップな小品もたくさん。
紙ではなく、皮に書き込まれた作品も少なくなく、伺ったところ、書き味はさほど紙の変わらないにも関わらず、風合いがひとつひとつ全て違うため、作品のイメージに合わせて選んでいるのだそう。

そういえば画材に関しても教えていただいて、実際にいくつかのペンで書き分けるところを実演していただきました。通常カリグラフィーで使用する先が平らになったペン先(スピードボール)のほかに、マンガの画材でいう丸ペンのような細いもの、平筆、それに見たこともないようなゴツい特殊なペンも使用するそうです。インクにあたるものとしては、主にアクリルガッシュを使用。

蘆野先生の多くの作品に共通する点は、思い切った曲線を用いたリズム、躍動感の「音楽的」な表現。私は不勉強にして、シュッツをはじめ元になっている多くの作品を聴いたことがないのですが、きっと知っている人にとってはテキストを目で追っているだけで、まさに曲が立ち上がってくるような体験をするのだと思います。私は先生のいくつかのバッハの作品を観たときにそう感じました。

変な話、ただ文字をレイアウトするだけであればCGでもできるわけですが、この場合それが一文字一文字手書きであるという点に、深い意味があると思います。つまり対象の音楽への、祈りに似た一途な思い入れがあればこそ、完成に至るのだという。

こういった試み、つまり宗教曲をテーマにカリグラフィー作品として音楽をアートとして表現するということは、ドイツでも例のない試みなのだそうです。そもそも、現在のカリグラフィーの主流が「崩して書く」方向へ行ってしまい、こんなにも整然と「読める」文字としての作品は、いかにも古典的と評価されてしまうとのこと。しかしそれでも、蘆野先生曰く、この一連の作品においては読めるということこそに意味があり、その点にこだわりを持っておられるのだそうです。

会場ではチェンバロなどの生演奏もあり、ポスターやポストカード、カレンダーの販売もありました。なおこの記事中の写真は、そこで購入したポスターとカレンダーのものです。

公式サイトのギャラリーのページに、他の作品も多く掲載されています。それにしても実物を鑑賞するというのはとても刺激的で、期待以上の体験でした。

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上の作品はバッハの「ミサ曲ロ短調」から、グロリア。2015年カレンダーの表紙になっている作品です。

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