Roland AIRAを触ってみて
ことの成り行きを全部すっ飛ばして書いてしまいますが、なんと、ローランド社の東京オフィスで、発売前の「AIRA(アイラ)」シリーズの実機を触らせていただく機会がありました。昨日24日のことです。本当に思いがけないことで…とにもかくにも、実際に間近で見てみて、そして音を聴いての感想をつらつらと書いていきたいと思います。
そもそも私は、モデルとなった実機TR-808、TR-909、TB-303を触ったことがありません。これらは、テクノを聴き始めたときにはすでにレジェンドになっていた楽器です。それこそ世代でいうと、MC-303から入った(1997年)世代なので、単音サンプルで909のキックならキックを加工して使うという経験しかなく、実機は雲の上の存在でした。
とはいえ、お金があったら実機を買い求めたかというと微妙なところで、今は今でやり方があるし、作りたい曲のゴールが明確であれば、実機でなくてもいろいろなアプローチがあるという考えでいました。制約のなかで工夫する、というのは、我ながらハードウェアから入った人間っぽい考えかたで、それによって回り道もいっぱいしたけれど、学んだこともたくさんありました。PCだけで作っていたころも、ハードウェアに戻ってきて試行錯誤しているいま現在も。
でも、実機さながらの「イメージした通り」の音が、最少の手順でリアルタイムに組み立てていける楽器があったとしたら。ローランドのAIRAは、これまでのいろいろな前提事項を覆してしまうが故に、自分なりのトラック制作プロセスを改めて考え直すきっかけになりうる製品でした。
TR-8
これがTR-8。詳細はメディアの記事や製品紹介の通りですが、要するに808/909ハイブリッドのリズムマシンです。先の記事(Roland AIRAの感想とレビュー動画のまとめ | EPX studio blog)でも書いた通り、私はこれ完全に買うつもりでいたのですが、実際に触ってみて、その思いが300%くらいになりました。まさにこれ、こういうのを待っていた。
実際に見てみると、このパネル上のツマミとフェーダーの密度、たまらないです。LEDがびっくりするくらい明るい。そして何より、16ステップのボタンを押し込む感覚、クリック感が最高に気持ちいいです。カチャッ、カチャッという感じ。比べるつもりはないのですが、私の場合ほかに経験がないのでElectribeを例にとると、あのゴムのパッドの感じよりも0と1が明確でいいなと思えます。そしてTR-RECや音色・キット選択などの、どのモードにも入っていない状態のときに、あの4色に色分けされた並びになるのですが、テンションの上がりかたが違います。
デモを見せていただいて驚いたのが、Traktorとの連携の手軽さ。USBで繋いでTraktor側でオーディオI/Fを選択して、マスタークロックでMIDIをSENDするだけ。TR-8側のBPM表示が消えて、Traktorでプレイしている曲のBPMに追従するので、キックやスネアを足して行ったり、リッチーホウティンごっこをするなり。TR-8側ではEXTERNAL INと同じ外部入力信号の扱いなのでSCATTERのルーパー、リバース、グリッチ系エフェクトもバリバリも効くし、サイドチェインでダッキングもかけられる。
やーこれ、DJだったら絶対やってみたくなりますよ。クリス・リービングとかみたいにMaschineでサンプルを叩くDJは結構いるけど、こっちのほうがミキサーセクションもあってより臨機応変に対応できるし、何より使える音だけがピンポイントで入っているシンプルな楽器なので。単純に手数の多いテクノのDJでの話ですが、DJの定義を拡張するようなイメージです。
例えばTraktorでなくてもAbleton Liveとかでも。もしくはPCでなくても手動で同期してもいいし。というか私はCDJメインなのでやるとしたら手動なのだけど、FINEつまみで微調整してBPM合わせできることが分かったので、これ積極的にDJで使いたいです。特訓したい。
オリジナルの808/909に追加された要素、たとえばキックとスネアのコンプなんて、音を聴かせてもらって思わず「ずるい!」と言ってしまいました。だってコンプ、普通はなんだか難しいし効いてるんだか効いてないんだか、効いたと思ったらかえって薄くなっちゃったりとか、ほんと苦労したものだけど(今も)、ツマミをぐいっとするだけでジャストな音になるんだもんね。ずるいよ。
いろいろと、シンプルではあるのです。言ってみれば、基本は808と909の音しか出ないわけだし、ツマミによる変化のレンジとかもオリジナルに忠実とのことなので。曲作りという側面においては、GrooveboxやElectribe SX/MXのような統合環境では決してなくて、アイデア次第で組み合わせて使う、モジュールのひとつというイメージで。敢えて特定パートだけアサイナブルアウトで出した先で、さらにごにょごにょするとかもアリだし。
と言いつつ、実はリバーブの種類も選択できて、ディレイのセクションにも隠しエフェクトがあったりで、知恵と勇気でかなり個性が出せるような気もしています。お金をかけずにその情熱を時間にかけるだけで乗り切れるのがテクノだと思うのです。テクノは忍耐という松武先生のお言葉もあるし。
TB-3
TR-8のインプレッションだけで無限に語れそうなので、他のも。そもそも、リズムマシンのTR-8とベースシンセのTB-3、ボイストランスフォーマーのVT-3と鍵盤シンセのSYSTEM-1で「AIRA」なのですが、単に私が特別興味があるのが最初のだったってだけで、長くなってしまいました。
TB-3です。タッチパッドです。前の記事でも触れましたが、私は基本このUIの改変に関しては大賛成で、古くはRB-338で挫折した自分にも、これならいけると思わせてくれました。というか何をどう聴いてもTBの音でした。ジャンル的には、アシッドに対してそれほど思い入れのない自分でも、例えばHardfloorなんか高校生のころからずっと聴いてきてライブも何度も体験して、やっぱりビヨビヨは憧れであって。ResonanceいじりながらCutoffぐりぐりしたいじゃないですか。
ステップを移動することで、パッド上で即座にパラメータを俯瞰することができます。つまり、そのステップがどのキーなのか、休符なのかスライドなのか、LEDの点灯状態で分かるようになっていました。また、再生しながら任意のステップ数に変更することも普通にできて、3とか5とか9とかのドープなループにするよねっていう。
自分の場合は、曲で使うときはあまり派手じゃないフィルター閉じ気味の音にするのですが、途端に超低域がブンブン言い出して、ビリビリ来ます。早く茶箱のレイオーディオとかで聴きたい感じでした。なので私はこれ買います。でも"Fish & Chips"完コピするには2台要るよね…。
VT-3
外部入力の音に対してリアルタイムにエフェクトをかけるVT-3。そういえば昔こんなのあったよね、ってググったら、おぼろげな記憶を遥かに超えたドラッギーな配色でしたね、VT-1。
私は歌モノを作ったりDJ中にMCで煽ったりできない人なので、先週の発表当時これはスルーかなと思って、でも一応動画見ちゃおという感じでYouTubeの動画をいくつか見てみたら、純粋にテクノロジーのすごさにびっくりしてしまいました。あんな、一時期みんな結構大変そうだったケロケロボイスが、こんな簡単に出るんだという。そしてフェーダーによるピッチ変化がまた異様なほどに滑らかで、初見で笑わない人はいないよね。
教えていただいたエフェクトのなかで意外におもしろかったのがMegaphoneで、ハウったときのキュイーンという激烈なノイズのなかで、サウンドシステムにとってヤバいところを押さえてあるので、安心してハウリングノイズを嗜めるという、マニアにはたまらない仕様になっていました。こういうの好き。
SYSTEM-1
シンセサイザーSYSTEM-1。ちっちゃ!って感じです。もちろんGAIAとかより全然小さくて、さらに実際に並べていただいて比較できましたが、SH-101よりもひと回り小さいです。TR-8よりはちょっとだけ大きい。
ローランドっぽい、武器っぽい攻撃的な音が出ました。JP-8000であれだけ定着したSuperSaw以降、なぜ誰も思いつかなかったという、甘栗むいちゃいました的な無邪気さで、矩形波重ねちゃいました的ノリのSuperSquare。更に三角波重ねたのもありました。
私は、自分の曲のメインの上モノとしてSH-201を使うことが多くて、というのも金物系でピッチを低くした、ギョワーンみたいな存在感のある気持ち悪い音がすぐ作れるからなのですが、SYSTEM-1のデフォルト音源はそういう飛び道具的なニーズにも応えてくれそうでした。
ミキサーセクションですべてのオシレータのボリュームを切って、フィルター発振だけで綺麗なサイン波が出るのはびっくりしてしまいました。いまだに、シンセサイザーの理屈がよく分かっていないので、こんなことが起こり得るということすら知らなかった。
だいたいこの、TR-8を超えるパネル上のツマミ密度、ちょっと狂気すら感じるかっこよさ。これだけまだ、発売は先とのことで、個人的には導入するかどうかはまたじっくり検討する機会があればいいなと思います。
余談
これを言い始めると本当にキリがないのですが、高校1年生のときにSC-55でDTMの門を叩き、MC-303でテクノの何たるかを身をもって学び、そして同時期のインターネット上でのコミュニケーション(「Unofficial MC-303 Site.」で知り合った仲間とは今も交流が続いています)それらとシンクロする形で初めてのレイブ・クラブ体験を経験してきた自分にとって、昨日のことは、ほとんど夢のなかのような出来事でした。
ローランド社を訪問して、AIRAのようなストレートで力強いメッセージを持った製品を現在進行形で作っている方々に対して、いかに自分がハードウェアに愛情をもってテクノを続けてきたかを、たどたどしくも伝えることができたのは、一介のユーザーにすぎない自分にとっては身に余ることだと感じています。こんな機会があるなんて。全然、売れたり評価されたりっていうことのない音楽活動だったけれど、地道に続けてきて良かったです。どうもありがとうございます。