中大混声によるロ短調ミサBWV232
中央大学音楽研究会混声合唱団 第48回定期演奏会「J.S.バッハ:ロ短調ミサ BWV232」を聴いてきました。丹下健三氏の設計による、東京カテドラル聖マリア大聖堂にて。
私は、社会人になってからクラシックに足を踏み入れたこともあって、おそらくかなり遅いペースで、確実に噛み締めるように聴き進めています。当然、1,000曲以上あるバッハの作品のなかでも馴染みのない曲がまだまだあって、特にこの『ミサ曲ロ短調』のような長大な作品(通しで1時間40分~2時間弱)には、なかなか手を付けられずにいました。宗教曲ということに対しても、少し距離を置いていたかもしれません。
それが今年5月、ふとしたきっかけで、YouTubeのとある音源を聴いたためにどハマリしてしまい、後日、harmonia mundiから出ているヘレヴェッヘ指揮/コレギウム・ヴォカーレによる音源を購入したことが決定的となって、どうしても生のオケと合唱団で聴いてみたくなりました。調べていたら、母校の混声が定期演奏会でプロの古楽アンサンブルと3年に1度のペースでロ短調ミサを取り上げていることを知り、しかもこの秋に教会の大聖堂での公演とあって、即予約。
平日にも関わらず、定員800人+左右の追加席の計1,000人分くらいがほぼ満席でした。オケはオール古楽器によるMozart Academy Tokyo、ソリストは声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ」のメンバーで構成され、指揮は白石卓也氏。18:30の開演で、前後半に分けての構成。
キリエ第1曲のKyrie eleisonから、迫力に圧倒された。会場は独特の残響が目立って、フーガ形式の短い掛け合いでは音が濁ってしまっていたものの、綺麗に重なったときの縦横への広がりかたは、コンサートホールでは聴いたことのない効果でした。
ロ短調ミサは、確かに演奏時間は長いけれど、各曲は数分だし、展開にメリハリとストーリー性があって飽きない。悲しく静かなところもあれば、グロリア終曲のCum Sancto Spirituのように、駆け上がる多幸感を目いっぱい表現したような部分もある。この演奏でも、古楽らしいきびきびとしたグルーヴを聴くことができて感動。
顕著だったのがやはりニケア信条(クレド)で、Crucifixusの出だしには背筋がぞくっとした。悲劇的な響きのコーラスが、重なり合いながら静かにフェードアウトしていき、そこからEt resurrexitで爆発するところも良かった。
クレドではConfiteorも大好きですね。フランチェスコ・トリスターノが以前、ミニマルミュージックの始祖はJ.S.バッハだというような主旨の発言をしていたけれど、反復によるトランス性というか内向的没入感は、言葉が乗ったときにさらに効果が鋭くなる。
教会で生で聴いて良かったです。依然として宗教性とか聖書そのものには興味はないけれど、音楽に対して敬虔になるというか、非日常に身を置くことで、かえって余計な先入観から切り離される。もっといろいろな演奏を聴きたいと思いました。
そうそう、東京カテドラル聖マリア大聖堂は、建築もまた近代的で特徴があって、ロジカルなバッハの音楽の雰囲気にもぴったりでした。いま、丹下健三氏らに代表されるこれらの建築様式を取り上げた企画展が開催されているらしく、機会を見つけて行ってみたいと思います。
メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン | 森美術館
http://www.mori.art.museum/contents/metabolism/index.html